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5か月 ago

35 words

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みなさま、こんばんは。

 

以前、【STORY】でも少しご紹介しましたが、

今回はなぜこのプロジェクトに「アフリカ星空映画館」という名前をつけたのかについて書きたいと思います。一緒にアフリカの夜に思いを馳せてもらえたらうれしいです。

 

初めてウガンダ北部の町グルに着いた夜のことを、今でもはっきりと覚えています。2001年のことでした。

 

首都のカンパラからバスに揺られて6時間。

 

内戦中だということをきいていて、道中には戦車が転がっていたり「ここで虐殺があったんだ」という友人の説明があったりして、だいぶ身構えて到着しました。

 

グルのバス・ステーションに到着し、暗闇の喧騒の中、緊張してバスを降りました。

 

日本の明るい夜に慣れている私には、暗すぎるアフリカの夜。「闇」という言葉がぴったりでした。

 

そのまま友人たちと食堂に行き、聴きなれないアチョリ語の会話をききながら、ろうそくの明かりで食事をしました。

 

不思議と、知らないはずのアチョリ語が心地よく、初めてのアチョリフードはなつかしい味がして、緊張と旅の疲れがするすると溶けました。

 

食事を終えて外に出ると、頭上には満天の星空。

 

思わず「わーー!」と声をあげる私に、友人たちはびっくりしていました。

 

「なぜそんなに喜んでるの?」

 

「だって、こんなにたくさんの星を見たことがないから!」

 

みんなで手をつないで帰りました。たくさんの星が夜を明るく照らしてくれて、明るく感じました。

 

この時の友人のひとりはこのあとエイズを発症し、今から数年前に失明してしまいました。もう星空を見ることができません。

 

でも、今でも会うたびに「あのとき、アベー(私のアチョリネーム)は、星空を見て大声をあげたよね」と笑います。そして「私も星空をもう一度見たいな」といつも言います。

 

また、子どもたちと避難シェルターですごしていた時期は、毎晩、子どもたちと星の数を数えていました。

 

時々ホタルが飛んできて、星とまちがって数える子がいてみんなで笑ったり。

 

「アチェル、アリヨ、アデック(1、2、3)…」とアチョリ語の数の数え方を私が覚えたのも、この頃でした。

 

子どもたちが寝たあと、私はいつも眠れなくて、門番をしている友人と熱い紅茶を飲みながら話をしました。

 

本当は、私もこわかったのです。内戦も夜の闇も。

 

でも、彼といろんな話をすることで、恐怖を忘れることができました。

 

彼は学校に通ったことがないまま大人になったので、英語が話せません。だから彼は、私のアチョリ語の先生でした。

 

「コツ・ティエカ・ビノ…(雨が来るね)」

 

「ヤム・ティ・マテック(風が強いね)」

 

など、目に見えるものをぜんぶアチョリ語にして教えてもらいました。

 

私の大切な友人だった彼は、今は、この世にいません。

 

彼もエイズで亡くなりました。

 

去年、映画を上映しながら、子どもが大好きだった彼がここにいたらすごく喜んだだろうな、と思いました。

ここには書ききれないほど、アフリカの夜には、たくさんの思い出があります。

 

楽しい思い出もあるけれど、やっぱり内戦中は、夜の闇はこわいものでした。

 

だから、平和になったから今だからこそ、星空の下で楽しいことをたくさんしたい!と思いました。

 

暗闇で、みんなでひとつの光を見つめること。

 

生きているからこそ見られる光を、みんなで共有したい。

 

「星空映画館」にはそんな思いが込められています。

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